朝鮮日報で日韓関係に関する究極の(笑)対談をやっていたんですね。
対談者はすっかり過去の人になってしまった観のある和田春樹東大名誉教授と一部で権威が失墜状態のソウル大学教授のイ・テジン氏。イ・テジン氏のというか韓国人の「歴史は正しくあるべき(注:韓国人にとって)」という姿勢がはっきりと読み取れる良いサンプルだと思います。また、和田氏の竹島とか拉致問題まで踏み込んだ飛ばしっぷりはもう感動ものです。ほんと、日本って言論の自由が保障された素晴らしい国です。それにしても和田氏の顔って実は初めて見たんですが、結構すごい風貌なんですね。あまりお近づきになりたくない感じ。。。
以下、翻訳サイト(+ちょっと手直し)による訳文です。かなり長いですが、同社の日本語サイトにはなぜか掲載されていないものでもありますのであえて全部載せます。日本の左翼と韓国の民族主義が熱い抱擁を交わす幸せな記事です。
あーあ、ほんとはサッカーサイトやりたいんだけどな(苦笑)
見出し「乙巳条約はじめから無効…独島は韓国の土地」韓日学者、「歴史と現実」対談
日本歴史教科書の近現代史 ‘歪曲’と独島領有権問題などでまた歴史戦争となっているというのが今日の韓・日関係の現在地だ。第2次大戦終戦 60年と韓・日国交再開 40年を記念する ‘友情年’の看板をまともにかける前に色褪せた両国の‘歴史と現実’に対して重鎭歴史学者たちが顔を合わせた。 ‘金日成と満洲抗日戦争’ ‘朝鮮戦争’を書いた日本の代表的左派歴史学者和田春樹・67 東京大学名誉教授と大韓帝国研究を通じて乙巳条約と日本の韓国強制併合が基本的に無効と主張して来たイ・テジン(李泰鎭・62) ソウル大教授が 5日、朝鮮日報会議室で対談を行った。去る週末ソウル大韓国文化研究所が開催した‘乙巳条約から韓日協定まで’ 国際学術会議に参加した和田教授は “1905年乙巳条約と 1965年韓日協定は必ず連結して考えなければならない問題”とした。
和田春樹=日本の普通知識人たちはヤマベ・ケンタロウの岩波新書「日韓併合小史」に出ていいるように合邦は朝鮮の大臣の同意を通じて行われたことと思った。イ教授が今度伊藤博文が日本天皇にあげた報告書を分析して、高宗が乙巳条約締結を指示したかのように歪曲したという研究発表を印象深く聞いた。こんなに基本的なことさえ今になって分かるようになったことはとても驚くべきだ。1905年日本の行動はとても不当だった。アメリカが 100年前ハワイを併合したことに対してクリントン大統領が謝罪して「不法」と言う表現をした。現在の法学基準で見る場合の「不法」という意味だ。韓・日関係にも適用することができる良い事例と思う。
イ・テジン=韓日協定に反対する 6・3事態の当時大学 4年生だった。大学生たちは全面反対した。日本の植民地支配に対する反省がない協定締結は不当だと見たからだ。条約を新たに締結しなければならないという主張が韓国の方から出ているが、現実的には協定の再解釈の方に行かなければならないのではないかと思う。日本は植民地支配に対する反省がなかったので請求権資金を独立祝賀金だと主張した。それを賠償と再び定義して、 国家賠償は 65年請求権資金の代わりに個人被害に対する賠償を日本政府が再びしなければならないのではないでしょうか?.
和田=1965年韓日協定当時、東京大学社会科学研究所研究員だった。日本でも批准反対運動が起きたが、協定を通じて米・日・韓三国軍事同盟が作られると思ったからだ。私は当時歴史学研究会委員で協定反対声明をすることに参加した。最初の条項がこの協定は過去の日本帝国主義に対する反省がないということだった。日本は 1952年台湾と平和条約を結ぶのに交渉期間 は2ヶ月しかかからなかった。同じような時期に韓国とも交渉を始めたが, 台湾と違い韓国は日本に簡単に同意しなかった。約14年間日本政府と争った。争ったあげく双方は自分が主張したいとおりに主張するように条文を作った。
イ=独島は 1905年日本の領土編入当時不当な措置があったから韓国のものとするのが望ましいという研究も出たが、どう思うか。
和田=今年竹島の日が制定されたが、これは日本が竹島を領土で認めてから 100年になったとして作られたのだ。200年、300年前から日本領土だと思ったら、記念日が制定されるはずがない。竹島の日制定は日本が 1905年乙巳条約を締結した日に竹島を領土にしたということを認めるという意味だ。独島は 1905年日本が韓国を侵略して日本領土になったし。日本が敗戦して再び韓国領土になった。韓国人たちには独島が植民地化と解放を象徴する ‘光復の島’だ。この島は当然韓国のものだと思う。
イ=韓・日の間に繰り返される歴史紛争をどのように解決しなければならないのかは相変らず課題だ。韓・日両国の民主化の力量に期待したい。日本は現在政治家たちのリーダーシップが弱体化され、官僚たちが力を発揮しながら混線が生ずるようだ。村山と細川総理の時の発展的変化は政治家たちのリーダーシップが発揮された事例ではないか。韓国の立場では被害の実際を糾明するのに努力をもっと傾けて、事実に即した批判を強化して行くことで日本に影響を及ぼすことができると思う。
和田=日本は 1980年代から 90年代にわたって過去に対する反省を教科書に入れようという運動が起きた。90年代初めの細川総理が慶州で植民地支配に対する反省をする発言をしたし、95年には村山総理が閣議決定で村山談話を発表、植民地支配に対して謝罪した。1998年には韓・日共同宣言の形態で植民地支配に対するお詫びをした。‘新しい歴史教科書を作る会’はこんな動きに対する反発でできたものだ。市民たちは大部分村山談話に出てくる植民地支配に対する謝罪に賛成する。 これは日本政府の公式立場だ。新しい歴史教科書はこの前よりは採択率が高いが、限界にぶつかるでしょう。日本の歴史学界は全体的に見て健全で、日本の市民社会はこのような教科書を受け止めることができる力があると信じる.
これ=21世紀に入って 65年韓日協定を生んだ冷戦的状況はもう無くなったし 国際社会の多元化が進行している。韓・日関係も新しい精神によって再び整理しなければならないのではない。
和田=韓日協定を取り消して再び締結する問題は事実上不可能だ。韓日協定 40年はこの協定が持つ限界を批判して来た40年の歴史とも言うことができる。98年キム・デジュン・小渕の韓日共同宣言を通じて植民地支配に対するお詫びと反省があったから韓日協定が実質的に修正されたという見解もある。現在としては韓・日間立場が他の協定条項に対する解釈を統一させることが課題だ。第2条の韓日合邦に対する無効の時点がずっと問題になっているが、韓国の方は最初から無効という主張で、日本は 1948年 8月 15日大韓民国成立から無効になったと主張する. 乙巳条約と韓日併合は不当な条約だったからはじめから無効だったという韓国主張が正しいと思う。
イ=最近日本では北朝鮮の日本人拉致事件で北朝鮮に対する世論が非常に良くない。日本の過去の植民地支配を北朝鮮の日本人拉致と相殺しようとする動きまであるようだ。
和田=日本と北朝鮮の国交樹立には韓・日関係の改善で得た成果、すなわち植民地支配に対する謝罪と反省などが盛りこまれなければならないと思う。しかし、拉致事件のために世論が変わり、日本が被害者だとする認識が広がっている。日本が拉致事件だけを問題視して、過去の問題を忘れようとする態度はとても問題だ。
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