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2006/01/17

「半島を出よ」を読む。

昨年結構売れたという村上龍氏の「半島を出よ」(上下巻)を読みました。読むのには週末を利用してほぼ2.5日くらいかかりました。半島=朝鮮半島と言うことで、いつかは読むんだろうなぁと思っていたところで、家では「積ん読」状態だったのですが、ついに、というか何となく読み始めたというところです。

村上龍氏のコラムやら番組やらエッセイは結構好きで、テレビだとそれこそTBSの「RYU’S BAR」(古!)の頃から見ていたのですが、小説の方はまだ中田英寿をモチーフにしたものしか読んだことが無く、しかも読後感として軽い失望を覚えていたので(結末も酷かったし。)、ちょっと避けていたところがあったのです。しかし、今回は当方在住の半島ネタらしいということで重い腰が上がったという次第。

ストーリー展開は各種サイトにお任せするとして、感想のみ。

まぁ、なんというか、よく色々な分野について勉強しましたね、ということくらいかも。

いや、とにかく武器とか生物とかそんなもののディテールに関する記述が延々と続く箇所がいくつかあり、それはそれで勉強の成果をよく表しているんですが、そういう個人的な勉強の成果はさらっと書いて、なおかつ何でも知っているかのような表現にまとめるのが小説家の仕事じゃないの?と思い始めた途端に、そういう箇所に没頭するのは止めてしまったんです。

しかも本自体、あと数センチの厚さしか無い、しかし話はまだまとまる気配なし、という場面でそういうのをやられるものだから、「これはあっさりとした最後かも。」というのが簡単に予想できてしまうんですよね。

全体のコンセプトかなぁ、と思えるのはこの世の政府とか社会とか言ったある種の権威に対する根本的な疑問みたいなもので、それはそれで納得するし、実際のところ、北朝鮮の反乱兵が九州に上陸して独立宣言などと言うかなり想定外の事態になった時に政府が適切に対応できるかどうかについては甚だ疑問があるわけで、そういう所を衝けたのは素直に素晴らしいと思うわけです。

しかし、それに関する記述も例えば同じような話題を取り扱った麻生幾氏の「宣戦布告」に比べると、攻め方が甘いような気もします。こういう話題では政府や警察や自衛隊の動きを簡単に扱って日本人の姿を描けるとは到底思えません。

両者の比較と言うことに限定して決定的なのは読後感。「宣戦布告」は正直なところ得も言われない「嫌な感じ」が残ったんです。要するにあからさまに日本という社会装置の欠陥を指摘され、しかも自分では如何ともしがたいというある種の無力感でしょうか。でも、「半島を出よ」の方はさっきのディテールの話もあり、「これで終わり?」というストーリー展開もあり、自分の中に何も意味のある物が残らなかったんです。上下間で800ページくらいあるのかな?その分量を読み切った、という最低限の満足感しか残りませんでした。ちょっと残念。


ところでタイトルは「半島を出よ」でしたが、韓国は殆ど話題になってませんでしたね。名前のある登場人物も確かゼロ。政権によって中国の添え物になるかアメリカのそれになるか、結局その程度の存在としてか認識されてないってことなんですね。哀しい性。。。

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